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こんな人となりです

簡単ですが、僕の人となりを紹介致します。

生年月日 1978年6月23日 不惑の40歳
結婚は? してます。娘が1人の3人家族
住まい 東京都練馬区
趣味 キャンプ(特に焚き火)、読書
お気に入りの本 独楽琴(橘曙)、天に送る手紙(森敦)
お気に入りの漫画or漫画家 ベルセルク、乙嫁語り、諸星大二郎、伊藤潤二、
休みの過ごし方 家族とノンビリ過ごします。

人生一貫して言われることは「少し変わっている(変)」ということです。自分では至って普通なつもりなのですが、集団が苦手な事と少し斜に構えた性格が周囲には少し奇異に映っているようです。

最近確かに自分が斜に構えているなと思うエピソードが小学校の頃にありました。

4年生位でしょうか?校庭にある樹木を写生する授業がありました。校庭にある木ならどれを選んでもオッケーということで、殆どの生徒がきれいな桜の樹を選んだり、友達同士で樹を選んでワイワイ書いておりました。

その中で、僕は一本のネジくれ曲がったヤマモモの木から目が離せなくなり、その樹を描こうと決めました。そんな不格好な樹を描こうというマニアックな輩は僕意外にいませんでした。

そんな僕を見て「一緒に別の木を描こう」と言ってくれる奇特な友もいましたが、

「1人くらいこの樹に注目して描こうというやつがいても良いはずだ!」「この木を描きたい」と思い折角のお誘いを断り、1人黙々とネジくれ曲がったヤマモモの木を描き上げた自分に何か誇らしげなモノを感じていました。

不惑の40を迎え、大分社会性は付きましたが、今でも週末の渋谷に行く事やイベントに行く事は苦手です。でも、家族と出掛けるのは混雑していても楽しいです。

そんな自分ですがよろしくお願いします。

きっかけは小学6年生時に先生に言われた言葉

僕自身が中学三年生でぎっくり腰をして以来、整形外科や整骨院・整体院・鍼に通いましたがあまり改善せずに部活動を辞め、悶々とした時期を長く過ごしていました。

就職して1年半で上司と合わずに退職を迫られて、自主退社。もう会社に行かなくて良いとなると嬉しくて嬉しくてたまらないくらいでしたが、さて次に何をやろうかと考えていた時に出会いがありました。

横浜の伊勢佐木町にある大きい本屋さんの廊下を歩いているとあるポスターに目が留まりました。それはでっかく背骨の写真が印刷してあったのですが見た瞬間、身体にイナズマが走り、小学校の記憶が蘇りました。

僕は六年生で保健委員をやっていた関係で小学1年生の歯科検診のお手伝いをすることがありました。

大きく口を開けている1年生の後頭部を後ろから支えるというお手伝いではありましたが、そっと支えている僕を見て家庭科の先生が

「黄田君の手は優しい」

と褒めてくれました。

今は分かりますが、整体従事者の手が優しいのは当たり前と一般の方々は思うかもしれませんが、意外に手が固いというかこわばっている整体従事者が多くいます。そんな従事者から受ける施術は良くなるどころか痛いです。

訓練である程度は柔らかくなるのですが、優しくはならないのです。微妙な違いかもしれませんが、柔らかいだけでは優しいには残念ながらなれないのです。

僅差ですが何で埋まるのか今も考えつづけております。

さて、背骨の写真とその一言が僕の中でシンクロして、「今まで苦しんできたのは、同じように苦しんでいる人を救うためだったんだ!」とようやく腑に落ちました。

この仕事しか無い!と一瞬で決め、翌年にはカイロプラクティックの専門学校に入学しておりました。

2010年9月に西武池袋線中村橋駅前で開業して丸9年が経ちました。有為曲折ありましたが、今までイエローカイロプラクティックの屋号でやっていたのを中村橋整体院に変え、素敵なクライアントさんに囲まれてやってきております。

10年目を迎え、40歳にもなり整体院院長としてこれからも

「多くのクライアントさんに10年後も痛みに悩まされずに毎日を楽しんでもらえる!」

ように毎日励んで参りますのでよろしくお願い致します。

中村橋整体院

黄田浩祥